【症例2】上顎洞挙上術および水平的骨増生を行いインプラント治療を行なった1症例
2022.07.07
41歳 男性 | |
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主訴 | 右上の第一小臼歯が折れていると診断されたため自家歯牙移植したい |
治療期間 | 約1年 |
治療内容 | インプラント治療、セラミッククラウンによる補綴治療 |
治療費用 | 上顎洞挙上術および骨増生 110,000円 インプラント 440,000円 セラミッククラウン 無料 ※税込み価格 |
リスク・副作用 |
・インプラント手術後、まれに唇、舌、頬、歯肉そして歯牙の感覚マヒが一時的に発生する場合もあります。 また、近接歯牙、顎、上顎洞、鼻腔に対する炎症、疼痛、過敏症、組織治癒の遅延及び顔面部の内出血(紫斑や黄斑など)が避けられない方もまれにおられます。 術後、3~4日目になると腫れ止めが切れるため傷口が腫れてきますが、殆どの場合、1週間程度で傷口は治ります。 ・術中に、歯牙や骨の状態により手術内容が予定より変更することも起こりえます。 ・術中に、予定していた骨の量が足りない場合には、追加の骨造成が必要になることがあります。 ・喫煙、飲酒は正常な治療の妨げとなります。術後1週間は控えてください。 ・処方された薬剤の服用により吐き気、めまい、眠気、咳、お腹が緩くなるなど一時的な副作用が現れることがあります。 ・インプラントの耐久性は、天然歯同様、口腔衛生状態(喫煙の有無、喫煙者の協力度、咬合力、咬み合わせ、骨量、歯肉量、歯磨き、メンテナンス)により変化します。 |
41歳男性の患者様です。右上の第一小臼歯が折れていると診断されたため自家歯牙移植ができないかということで来院されました。
レントゲンや歯周組織検査などの検査を行ったところ歯根破折(歯の根が割れたりヒビが入ってしまうこと)を疑いました。
CT撮影をしたところ保存不可能と判断し抜歯させたいただきました。写真は抜歯後の状態です。
↑治療後の写真です。右上4にインプラント治療、右上6にセラミッククラウンによる補綴治療を行いました。
インプラント治療後は一般的に治療後に臨床歯冠(口腔内に露出した部分)が長くなり、また健康な天然歯に存在するスキャロップ形態(貝殻のような形をした歯肉の高低差)を失いインプラント周囲粘膜がフラットになるとともに下部鼓形空隙(隣接面接触点を中心とした上下的に形成される歯間部の三角形の空隙)が大きくなってしまう傾向があります。
そうなると見た目が不自然になったり、食べカスが詰まったり審美性や発音に影響することもあるので配慮が必要です。
インプラント治療は単純にインプラントを顎骨に埋入するだけで完結しないことがほとんどです。よく噛めて長持ちして清掃がしやすい状態を作るためには硬組織(顎骨)と軟組織(歯肉、結合組織、インプラント周囲粘膜)に対する繊細な外科処置の技術はもちろん、インプラント補綴、メインテナンスを含めた一連の治療計画を綿密に立てる診断力、実践する確かな技術が求められます。
上顎臼歯部は上顎洞(上顎骨体の中にある空洞。副鼻腔の中で最も大きく鼻腔と交通する)の形態や大きさ、後上歯槽動脈など解剖学的制約が多くそれらをクリアする必要があります。
今回は上顎洞挙上術(インプラント治療前処置として歯槽骨頂から上顎洞底までの距離が短い場合に行う手術)を行ったケースを解説いたします。
※以下、手術中の写真が表示されます。※
初診時のデンタルX線画像とCT画像です。
緑の矢印の部分に歯根破折を疑う破折線を認めます。
黄色の矢印の部分は歯槽骨吸収(歯周病原菌群から産生されるLPSやインターロイキンなどの炎症性サイトカインにより破骨細胞が活性化され、歯槽骨が吸収されること)を認めます。
茶色の矢印の部分は上顎洞に当たる部分で、健康な場合は空洞なので真っ黒に映って見えます。濃い灰色の部分は上顎洞粘膜の肥厚または貯留物の存在をますから上顎洞炎を疑う所見です。
歯根破折を認め保存不可と判断しご説明させていただいたところ患者様は抜歯しインプラント治療を希望されました。
抜歯した歯です。慎重に抜歯しましたが、完全に歯根破折しており、保存不可であることが再認識しました。
抜歯から2ヶ月後のデンタルX線写真とCT画像です。
このケースでは歯周炎が上顎洞炎の原因である歯性上顎洞炎の可能性を考慮し、抜歯して炎症が消失し組織が健全化する期間を待ちました。
矢印の部分の骨が陥没している様子がCT画像で確認できます。
初診時と抜歯後2ヶ月後のCT画像の比較です。
黄色矢印の部分を比較してみると、上顎洞内部に写っていた濃い灰色の像は消失しており、歯性上顎洞炎であった可能性が高いと判断しました。この時点でもし上顎洞の炎症像が消失していなければ鼻性上顎洞炎である可能性もあるため耳鼻科にて耳鼻科的治療を施術していただくこともあります。
上顎洞および抜歯窩の治癒が確認できたため続いて上顎洞挙上術を行います。上顎洞挙上術とはインプラント治療前処置として、歯槽骨頂から上顎洞底までの距離が短い場合に行う手術法です。上顎洞底の粘膜を剥離し、挙上してスペースを確保し、自家骨、人工骨などの骨補填剤を填入して骨増生を行います。
インプラント埋入と同時に行う場合と、ステージドアプローチとして上顎洞底挙上術後、治癒を待ってインプラント埋入を行う場合があります。一般的に歯槽骨頂から上顎洞底までの距離が5mm以下で初期固定が得にくい場合に、ステージドアプローチを行います。
術式には顎骨の上顎洞前壁を開窓し洞粘膜を剥離挙上するラテラルウィンドウテクニックと、インプラント埋入窩から洞粘膜を押し上げて挙上するソケットリフト法があります。
本ケースではラテラルウィンドウテクニックを用いて骨増生を行い、ステージドアプローチでインプラント埋入を行いました。
緑矢印の部分に後上歯槽動脈が走行しており手術の際には損傷を避ける必要があります。
上顎洞挙上術は非常に薄い上顎洞粘膜を破らずに慎重に繊細に行う必要があります。
生卵の殻を削り、内面にある薄皮を破かずに剥がすイメージに近いです。
写真は生卵を用いた実習です。回転器具で殻の表面を慎重に削り殻が薄くなっていき透けて黄味が見えてきたら専用の器具で殻の内面の薄皮を破かないように慎重に押し剥がしていきます。さらに必要十分量、剥がしていく範囲を広げていきます。
実際の手術では狭い口腔内で患者様の体動、呼吸、術野の出血に配慮しながら、動脈の損傷を避けつつ、慎重に行うため難易度が高い手術の一つと言えます。
上顎洞前壁を開窓し上顎洞粘膜を剥離し、人工補填材を填入している写真です。
骨増生を効率的に効果的に行うため、多血小板血漿療法を行いました。患者様自身の血液を腕から事前に採血しておき、特殊な技術を用いて血液中の血小板を高濃度に凝縮した血漿を用います。多血小板血漿には成長因子が豊富に含まれており組織の修復が促進され、早期治癒や疼痛軽減などの効果が期待できます。ただし多血小板療法を行うためには厚生省への認可が必要です。
多血小板血漿療法はこれまでも技術としてはありました。当院ではスペインのアニチュアが開発したPRGFというシステムを用いております。
PRGFは先進的な自己由来の多血小板血漿であり、組織の治癒と再生を促進するために患者の自己血液から未活性増殖因子を多く含んだ血漿とフィブリンを同時に獲得し、かつ増殖因子の活性化を術者自身が適切なタイミングでコントロールできる画期的なテクノロジーです。とりわけ口腔や顎顔面の手術、口腔インプラント、整形外科、潰瘍治療、スポーツ医療、再生医学を含む多数の医療と科学の現場で活用されています。
右下の写真はPRGFと骨補填材を混ぜて血小板を活性化させ凝固させた直後の写真です。
骨補填材とは自家骨以外で骨再生に用いられる材料をさします。使用する骨材料により他家骨移植(同種骨、異種骨)移植、人工骨移植に分類されいずれの使用に際しても、患者様への説明と使用許可が必要です。
上顎洞挙上術と併用して骨幅を獲得するための水平的な骨増生を行い、縫合した後の状態です。
手術前後の比較です。
矢印の部分が白くなっており補填材の存在が確認できます。
上顎洞挙上術から4ヶ月後にインプラント一次手術を行い1本のインプラントを埋入しました。
様々な角度から上顎洞挙上術および水平的な骨増生の評価を行いました。
もともと空洞であった上顎洞と頬側に水平的に骨増生がなされている様子が見て取れます。
4ヶ月後にインプラント二次手術(骨の中にあるインプラント体にアバットメントという土台を装着し粘膜貫通部を作る手術)を行いました。二次手術直前の写真です。
写真に黄色で線を引いております。
黄色から下の部分は付着歯肉とよばれ、歯と歯槽骨に強く付着しており硬くて厚く、頬や唇を引っ張っても動かない非可動の歯茎です。歯ブラシによるブラッシングや最近などの外部からの刺激に耐えうる強い歯茎といえます。対して上の部分(緑矢印)のエリアは歯槽粘膜と呼ばれ頬や唇を動かしたり引っ張ったりするとつられて動く部分です。
インプラントにかかわらず適切なブラッシングを行い長持ちさせるためには緑の部分に付着歯肉を作る必要があります。(付着歯肉とは歯の周囲の組織のことを指すため、正確には角化歯槽粘膜を作ると表現した方が正しいですがここでは患者様にわかりやすくあえて付着歯肉と表現します)
アバットメントを装着するための粘膜貫通部を作成します。
アバットメントを装着し、その後付着歯肉を獲得するため口蓋から採取した粘膜を移植する遊離歯肉移植術を行いました。
右上第一大臼歯にはセラミッククラウンで補綴治療(歯にクラウンやブリッジを装着する治療)を行うために支台歯形成(クラウンを装着するために歯を削る処置)、歯肉圧排(歯と歯肉の境目を明瞭にするためにその隙間に圧排糸を挿入し一時的に歯茎を広げる処置)、印象採得(型取り)を行い模型を作製しました。
支台歯のフィニッシュライン(歯科医師が削った部分と削っていない部分の境目)が明瞭な模型を作製しました。
これらの治療は日常臨床で頻繁行われている術式ですがこういった治療を確実に行うことは実は最も難しい処置の一つと言えます。
これらの一連の治療が適切に行われなければ補綴装置装着後に早期にマージンが露出しブラックマージンを呈したり二次虫歯の原因となります。
本症例においては、当該歯は歯根破折を起こしており、治療前の口腔内の歯列、咬合、既存骨、歯周病の程度、はどれも比較的条件がよく、また欠損部の近心隣在歯(手前の隣の歯)は生活歯(生活歯髄を有する歯)であり健康な歯質が多く残っている状態でした。
元々の欠損部の近遠心的が幅が大きく、上部構造の形態に関しては完璧な結果ではないと言えます。
欠損部に対する治療法として、部分床義歯(部分入れ歯)やブリッジより、インプラントを選択することで、右上犬歯の不要な歯質の削合(歯質を削ること)が避けれたという点、患者様のQOLが向上できたという点では、非常に有益な選択であったと考えております。
インプラント治療を行うためには適切な治療計画、周囲の歯への配慮、多くの治療オプションが必要であることがお判りいただけたのではないでしょうか。一つ一つのステップでどれか一つでもエラーが起きてしまうと良好な結果が得られません。一つ一つの手技を丁寧に確実に行うことがとても大切です。
そして良好な結果を得るためには何より患者様の良くなりたいというお気持ちと、こちらの意向に対するご理解とご協力です。歯科治療は医院と患者様の二人三脚です。患者様のご協力に心から感謝申し上げます。